心のアウトレットモール

文字起こしをすることで無理やり満足するためのチラシの裏。とは言ったものの、間違っていることはぜひ正したいので、これはさすがにと思ったら突っ込んでほしい。

「私は見世物のパンダさんじゃないんだよ?」

「ああ分かってる、でもとりあえず視界にいてほしい。」

 

前々から思っていた(これはいつも言っている)のだが、私がこういうことを喋りだす時は大体同じパターンだ。なので、今回は少し違うアプローチをしようと思った。その為にも、私の言いたいことをそこそこくみ取ってくれるこいつは重要だった。あとボイスレコーダーとでもいうのだろうか、それも用意した。私の発言が世界を変えるのかもしれないのだからね。

荒い呼吸を整えることもなく、私は全ての設営を終えた。

 

 

「少し落ち着いたらどうかしら。」

 

「…そうだな」

消耗戦

やたら耳の垂れ下がった若干イラつきを感じる表情の犬が言うには、人生は与えられたカードで勝負するしかないらしいのだけれど、冷静に考えると最初から全カード配られているはずがない。

人生は最近よくある対戦カードゲームのように、デッキから少しずつドローしながら戦っていく感じのゲーム、この犬はそういうのを予見していたのかなんなのか知らないがそういうことを言っている可能性がある。

 

と、言うわけなので、その手のゲームに従うなら人生は攻め切るないし守り切るゲームになるわけだけれど、そんなの面白くない。神様は"老化"という素晴らしいシステムを用意している。序盤の終わり頃から中盤にかけては使用するカードのバリューを高く設定し、後半では少しずつ衰えていく、というシステムだ。この性質上、デッキというのは総カードパワーで戦闘する物ではなく、その場にあった最適な物を惜しみなく注ぎ込むことが可能で、かつ息切れをしないようにドローソースを適度に挟み、言うまでもないが速攻負けをしない必要があることになる。必然的に、デッキ構成はいわゆる"コンボ"や"ぶん回り"ではなく、アレな言葉を使ってしまえば、アグロ対策を盛り込みつつ、グッドスタッフでカードを選んだミッドレンジになるだろう。

そうすると、一部のブン回りで成功を収めた人間や、元からカードプールが広く、それを活かせた人間が上に行くのは順当であり、なんだか納得が行く気がする。ちなみにドロップアウトするやつは、周りのアグロに負けたり、ドローソースが足りなかったやつらが多い。足りない奴らはほぼアグロだろうし、足の引っ張り合いだ。泣けてくるね。

表現

これは昔から不思議だったことなのだけれど、世の中には「使ってはいけない言葉」があるらしい。例えそれが自分自身にとって正当な評価であり、適切な表現であったとしても、だそうだ。


昨今ではすぐ何かとコミュニケーション能力が〜とか言うが、やたらと言葉に制限をかけておいて伝える能力に難癖つけるのはいかがなものかと思う。


要するに、私は使えないものに対してはっきりとゴミといいたいし、私自身がゴミと呼ぶ対象にどれくらい悪い印象を持っているかを人を全く不快にさせない言葉で表現できるとは到底思えない。しかも世の中にはマイナスイメージな単語が出るだけでアウトと言ってくる人種がいるらしいのだ。

一度考えて欲しいのだけれど、マイナスはマイナスをかければプラスになる一方で、プラスだけではマイナスになりゃしない。こんな小学校レベルの原理を無視してまで、世の中は言葉選びにケチをつけ、その癖表現力、伝える力が足りないと言ってくるらしい。私の足りない頭ではこの状況が理解できないので、有識者による科学的視点も絡めた解説が欲しいところだ。


これとはベクトルの違う問題だが、表現する対象と言葉のスケール(ないし火力)の乖離が大きい人がいるように思う。ネットスラングでよく使われる神とかそういう表現につられて生まれた新時代のコミュニケーション問題な気がする。個人的には、よくインターネットで喋り、リアルで会うオタクフレンズとはネットのノリで話しがちなタイプのオタク界隈には是非気をつけて欲しい点だ。

チリン、とグラスのぶつかる音が鳴る。

薄暗く、また内装にそれと思わしき意匠や品物は一切ない。ただ一つだけ置かれたカウンターと、その上にわずかに並ぶ果実酒だけがこの場所を語る。

彼方には若い女がいる。華やかな色の酒を湛えるグラスを手に、無限に深い瞳で正面の男を見つめている。

此方には男がいる。第一印象こそ若く見えるが、顔にはやつれが見え、あと数年もすれば齢に不相応な老獪な表情を操ることになるだろう。女と同じ酒の注がれたグラスこそ手に持っているが、それを見つめるばかりで口を付ける素振りはない。

「最近、自分の中に自分じゃない誰かがいる事に気づいたんだ」

男は自ずから口を開いた。最初からそのつもりだったようだ。男が言葉を紡ぎ終わるなり、女は瞳を閉じた。

 

幾許かたった頃、女は重い瞼を開いた。手元のグラスは、さほど時間は経っていないことを教えてくれた。

「あなたは主格。こんなところで油を売っていちゃ、いけないんじゃないの?」

突き放すような言葉だ。それと歩調を合わせるように、女の瞳は浅く、それ故に強い眼光を男に向けている。男は視線に気づき、強めに返した。

「命あっての物種だ。」

女は頭が痛そうな振りを見せたあと、男に酒を飲むようすすめた。男は一切応じなかった。女はたいそう不満げな表情を見せ、答えた。

「あなたは虚弱。もう少し程度を下げても、いいんじゃないの?」

「だったらなんで」

男の言葉は途中で遮られた。背後から口を抑えられ、後ろ手に拘束される。女はその光景に軽い溜め息をついた後、壁にかけられていた服に着替えながら口を開く。

「そういえばあそこ、駅から歩けるところのパティシエ。何分かかるんだっけ?」

「30分くらいだって。」

「この夏場に…?マカロンの為じゃなかったら今頃激おこだよ?」

本当にどうでもいい話なんだけど

ぶっちゃけ全記事このタイトルでもいいような気がするんだけどね。

 

ちょっと前の話なんだけど、ジャンプの表紙問題について、相互の人にリプを送ったんだ。ちなみに学校で同じクラスのやつだ。

そいつは時折意見?ツイートみたいなのをしているんだ。大体の場合、某ゲーム速報の記事ツイートのRTと一緒にね。その絡みで、私は何度か真面目な意見リプを送っていて、今回もその一つだったんだ。

 

その時の話は「こんな時に便乗するマスコミの偏向メディアっぷり」だった。よくある、「性描写の規制についてギャーギャーうるさい人たちばかり取り上げる」構図だね。ちなみに私は、ジャンプの件に関しては規制派だ。なんでそう思うかはもうちょっと後で書こうと思うから、一意見として受け取ってほしいなと思う。

 

何となく察して頂けた方もいると思うんだけど、私はそのリプを送ったあとにリムブロされたんだ。ご丁寧にブロック解除までしてある辺りに上から目線を感じるね。

 

ちなみにその時送ったリプは「ネットだって偏向報道で、今ネットにある記事の多くはネットに漂っている"女はクソ"という風潮を下地にしている印象があるよ」という感じの主旨だった。言いたいことは何となく理解して頂けると思うし、リプを送った相手がRTしてるのがまさにその「ネットの偏向報道」の塊の某ゲーム速報だからね。

 

さも自分がネットで情強になったかのように思っているのかもしれないけれど、偏向報道なのはマスコミだけじゃないんだ。というか、専門分野を特定の視点で扱うっていうのは、意図的な偏向ではないにせよ元から偏向しているよね?ネットではなくなるけど、ゴーマニズム宣言とかいい例だ。この辺の話は炎上の種なので、そういう側面があるかも、という認識をして、興味ないし行動力がある場合は自分で裾野を広げていただければと思う。

 

ネットの情強ごっこに嫌気が刺している節は否めないね。もちろん自分自身にもだ。

 

本題の、何故規制するべきか、について話そうと思う。

要点は以下だ。

・「性犯罪抑止に役立つからOK」は間違い

・「性の娯楽化」という考え方

 

 

「性犯罪抑止に役立つからOK」は間違い

よくあるのが、「エロ産業は性犯罪抑止に役立っている」という話だ。ちなみにこれは事実で、私は別に18禁雑誌を否定したい訳じゃないし、LOの表紙は素晴らしいなといつも思っている。買ったことはないけどね。読む理由がなくて…

これ、今回のジャンプの件だと致命的な間違いだ。ジャンプは別にエロ雑誌じゃないから。そして、ジャンプからエロ雑誌に誘導するような道があるわけでもないから。これがどういう意味かっていうと、ジャンプから始まった少年の「興味」「高ぶり」は、普通は受け入れ先がないままなんだ。だって歳が歳だし。そういう本の入手経路がないようなレベルのね。性の低年齢化の一端を担っているんじゃないかなとか実は思っていたりしなくもない。まあそれは別の議論だけど。そして何より、意図しない場所、つまり用意ができていない状態でそういうのに触れることになるから、いたずらに琴線を刺激しかねない訳だ。いくら処理先があっても、常時そんなのに溢れていたら追いつかなくもなりそうだね。

結局何が言いたかったかっていうと、一般的な感性として、「役立つ」物っていうのは、だからってどこにでも溢れていていい訳でもないはず。そういう考え方が私の意見。

 

 

・「性の娯楽化」という考え方

この件に関して、とある知識人(詳細失念しました。)の意見が非常に参考になった。「性の娯楽化」という単語だ。これは本当に怖い話で、つまり性なんてもんはおもちゃだって言いたい訳だね。今回だと女性ばかりが取り沙汰されているので、事実上女性は男性のおもちゃだって寸法だ。

冷静に考えてみると、これはずいぶん昔からずっと存在し続けた概念で、定期的に聞かれる「スカートめくり」という「遊び」だ。遊びかよ。ありえんだろ。という話。最近だと女性というだけですぐに姫だのなんだのと持ち上げられていき、姫ってのは~と陰であれやこれやと週刊誌以上のエグい噂を囁くような世界になってしまった。他人の性事情ってそんなに面白いか?で止まらず一歩踏み込んでみると、それ全部対象は女性だよね。世の中で性事情を囁かれ取り沙汰されネタにされ続けるのはずっと女性だし、週刊誌とかもそんな感じだ。おいおい、見世物じゃないんだぞ。

男性諸氏は人生を振り返っていただきたいのだけれど、常に人生のどこかには「性」というのが存在して、それは「樹海探検」みたいな感じじゃなかった?もうなんか、「遊び」の延長になかった?例えば、川の橋の下にエロ本を探しにいく遊びとかね。

日本人の特質なのか知らないけれど、子供のころからずーっと性という娯楽に溢れてきた育ち方をしてきたはずだ。娯楽としてだ。

この項であまり納得できなかった方は、ぜひ「この世の終わりみたいなインスタの投稿」を見てほしい。あれはまさに性を遊び道具としか見ていない若者の極致だ。

布団あったかい

リモコンとエアコンの設定温度が同期しなくなって久しい。今何度になってるんだろう。同期してる頃はいつも28〜30度だった。

エアコンの温度といえば、学校ではいつもエアコンの温度をめぐって静かに争いが繰り広げられている。暑がりのデブと寒がりのアトピーが主なメンバーだ。暑がりのデブは28度でも暑そうな雰囲気を出しながら「寒がりは死ね」などとほざく。寒がりのアトピーは意に介さず、無言でエアコンの設定温度を35度とかに上げていく。つまり暑がりは死ねということだ。

私個人の意見として、どっちも悪いと思う。まあ真面目な話冷房で寒くなってたら本末転倒なので少し暖かいくらいがいい。夏風邪引くよりはマシだ。


ところで、これは今携帯で打っている。見出しとか設定するのがめんどくさいので、きっと読みづらい。嘘だろ、そんなのありかよ。


このブログは心の垂れ流しのために作ったが、それでもだいぶ言葉などは選んでいる。そもそも外向けにオープンしている私の心が大分選ばれたエリアで、このアウトレットはそこに繋がっているものだからだ。回りくどく表現すると、表面の私というキャラを演じている地の部分から流れている、が正しい。とか言ったが、これが地なのかどうかについては自分でもよくわかっていない。きっとそうなんだろう。


ここのところ毎日死にたいと思っているのは、主に自分の無能さから。ほんとないわ。なえなえですよ。はぁーっ…



携帯で打つのって意外と疲れるなあ…